「参っちゃうなぁ……どこに仕舞ったかな……」
放課後の教室、バッグをひっくり返しながらひとり探し物をする。
もう部活が始まるというのに、リボンの予備が見当たらない。
「ないなぁ……って、きゃあっ!」
慌てすぎてバランスを崩し、その場でしりもちを付いてしまう。
「いたた……もうっ、今日は本当ツイてない……」
朝はスカートのボタンが外れて大騒ぎ、昼は学食に間に合わずご飯抜き、そして放課後はこれである。
「これじゃ野々花を笑えないよね……」
ひとりごちてみるが状況は変わらない。
時間が徐々に過ぎて行くばかりで焦りが募る。
「あぁ〜! んもぅ、いいや! 今日は誤魔化す!」
今は県大会の予選も迫った大事な時期だ。主将(キャプテン)の私がこんな理由で遅刻なんてできない。
私は千切れたリボンをなんとか結びなおすと、ひっくり返した鞄の中身を急いで元に戻す。
「ちょっと不格好だけど……我慢我慢……」
と、半ば諦めかけていた所、視線の中に小さな箱が目に入る。
これは昼頃に野々花が「いつものお礼」と言ってくれたやつだ。
「そうだった。もらうだけもらって、ご飯も食べられずに居たので中身を確認できてなかったな……ごめん野々花」
私は心で野々花に謝ると、丁寧に包装紙を取り外して小箱の中身を確認した。
「あ……」
中を見て思わず声が出る。
その中には、丁寧と表現していいようなとても上品な色合いの黒のリボンが入っていた。
まさに僥倖、って言うんだっけ?こういうの。
「あいつ、どんだけタイミングいいのよ……」
思わずくす、と笑みがこぼれる。
「っと……。浸ってる場合じゃないわね、急がないと」
真新しいリボンを急いで身に着けると、私はこれまた大急ぎで部室に向かった。
部室の前にあるコートまで来ると、既に威勢のいい声が四方から聞こえてくる。
なんとか時間前には到着できたはずだけど……マメな後輩たちには先を越されたか。
まぁ遅刻しなかっただけ良しとしよう。
「あ、茉莉先輩おはようございます!」
私の姿に気づいた一年生たちが一斉に向き直ると元気に挨拶してくる。
「おはよう、早いね」
「はい! いつも先輩に準備させてしまっていたので、今日は先輩よりも早く来て準備しようって話をしてたんです!」
「別に気にしなくていいよ? 私が自主的にやってることなんだから」
「いえ、そういうわけにも……先輩も試合がありますから……」
ウチのテニス部の女性コーチは割とほわっとしてるので、いわゆる体育会系なノリがない。
よって開始前の準備や挨拶、練習メニューに至るまで、基本的にはキャプテンである私がしないといけない。
いや、いけないこともないのだけれど、とはいえ私がやらないとならないような気がしてるので、キャプテンになってからは私がやっている格好だ。
「気にしてくれるのはありがたいけど、それのせいで練習不足になりましたとかにはならないようにね」
「はいっ! 大丈夫です! ありがとうございます!」
うんうん、やっぱり後輩はこれくらい素直じゃないとね。
そもそも好きでやってる事だ、あまり後輩に負担は掛けたくない。
「ところで……野々花は?」
周囲をキョロキョロと伺ってみるも野々花の姿はない。
そもそも今日は私がギリギリだったので、もうそろそろ集合時間の筈だけど……。
「えっと……あの……それが……」
「ん? 何?」
おさげ髪の一年生、ゆかりちゃんが申し訳なさそうに俯いてしまう。
「あの……野々花ちゃん午後の授業で足をくじいてしまって……」
「えっ!? 大丈夫なの!?」
「大きなケガではなかったんですが、大事を取ろうってことで今は保健室で休んでます」
あいつ……またどっかで転んだのだろうか。
ホントおっちょこちょいなんだから。
「んー、わかった。それじゃちょっと様子だけ見てくるから、その間の練習は柿崎さんの指示に従って進めて」
私は二年の柿崎ちゃんにあらましを説明して後のことをお願いすると、保健室へ向かうことにした。
「すいませーん、うちの野々花がお世話になってると聞きまして……」
「あ! 茉莉ちゃん、ごめ〜ん」
ノックしながら保健室に入ると、先生の姿はなくベッドの上から野々花が謝ってくる。
「アンタねぇ……この時期になにやってるのよ……川口先生は?」
「川口先生はほかの先生と話があるとかで今いないよー」
「あそ。ところで足の具合は? 捻ったんだって?」
「えへへ……またやっちゃった」
野々花は照れ笑いをしながら、足首に巻かれたバンテージを見せる。
「ちょっと……大丈夫なのこれ?」
大事ではないという話だったが、バンテージの量が尋常ではない。
ここまで固定するとなると相当のように見えてしまい、私に焦りが出る。
野々花も次の県大会は初めての大会で思い入れがあるはずだ。
「あ、これは違うの! ほんとはそのままでよかったんだけど、一応巻いておこうかな〜って自分でやってたらすごい事になっちゃって……」
がくっ、と膝が崩れる。
なんというかこの子は……ほんと焦らせないでほしい……
「なによ……それじゃ別に大したことはないわけ?」
「うん! 先生もちょっと挫いただけなのですぐに腫れも引くと思う、って言ってた!」
「はぁ……なんか今日はもう駄目ね、調子が狂いっぱなし」
野々花のせいでもないが今日は歯車がおかしいらしい。
なんだか、どっと疲れてしまい、ベッドに腰かけて一息つく。
「どうしたの茉莉ちゃん?」
「別に。まぁこういう日もあるな、って思ってたところ」
と、慌てて走ってきたせいでリボンが外れそうになってしまっていた。
私はリボンを整えると、今度は外れないようにきゅっと結びつける。
「あ、それ私があげたリボンだよね!? さっそく使ってくれてるんだ!」
「あぁ、これね。そうそう、これのおかげで助かったわ」
「助かった?」
理由がわからないようで、きょとんとする野々花。
「まぁいろいろあるのよ。とにかく助かったの、ありがと」
「茉莉ちゃんが素直にお礼言うとか珍しいね、ふふっ」
何がおかしいのか、野々花はくすくすと笑う。
「なによ、私だって言う時は言うのよ、ドジっ娘に笑われたくないわよ」
なんだか恥ずかしくなって野々花の頬をつねる。
「いひゃあああ、いひゃいよ、まふりひゃあああん」
ぐにぐにぐに、とつねると足をばたつかせて涙目になる野々花。
どうやら足は問題ないみたいね。
「人を心配させたんだからこのくらいは我慢しなさい。まったく……」
「ぐすん……茉莉ちゃんがスパルタ……」
「こんなんでスパルタだったら、この後の練習なんてできないわよ」
冗談半分でいじけてみせる野々花に言い放つ。
「さてと……それじゃ私は練習に戻るけど、とりあえずアンタは休んでなさい。大したことないとはいっても時期が時期なんだから」
「はーい、ありがとう」
私はベッドから立ち上がると、そのまま保健室を出ようとする。
「あ、茉莉ちゃん!」
「ん? 何?」
野々花に呼び止められて振り向く。
「リボン、すごく似合ってるよ。かわいい。それと心配してくれてありがとうね、嬉しかったよ」
満面の笑みで言われて、ボンっと顔が紅潮するのがわかる。
「……バ、バカ。いいから休んでなさい」
ぶっきらぼうに言い放って保健室を出る私は、たぶん顔どころか全身真っ赤になってるんだろうな……なんて思いながら、恥ずかしくなって走ってコートに向かうのだった――